SPI NEWS

2017年12月号:地上波キー5局テレビスポットCM、
“「個人視聴率」及び「録画番組CM視聴率」(=「P+C7」)での取引導入提案”への見解2

いつも「エスピーアイニュース」をお読み頂きまして誠にありがとうございます。

2017年7月号で、“地上波キー5局テレビスポットCM、“「個人視聴率」及び「録画番組CM視聴率」(=「P+C7」)での取引導入提案”について、弊社からの見解をお伝えしました。

その後、2017年10月にテレビ局側からの提案内容修正をJAA(日本アドバタイザーズ協会)が了承し、導入が決定した為、これも踏まえて改めて、企業のマーケティング・広告宣伝活動における費用/価格/投資対効果についての、測定/ベンチマーキング/透明化/最適化、を使命とする立場から、再度見解を纏めました。

1.「取引方法変更案」の合意プロセスの問題(背景とJAAの対応)

前回指摘した通り、またテレビ局も認めている通り、テレビスポットCM取引始まって以来の大きな変更であるにもかかわらず、大変拙速強引なプロセスであったという事は改めて指摘されるべきでしょう。

テレビ局が“「リアルタイム世帯視聴率」から「リアルタイム個人視聴率+録画再生CM視聴率」”へ取引変更を大至急強引に行った背景には、

  • (1)視聴率減による売り場面積減(GRPは「実績視聴率」を参照する為、視聴率が下がると「売り場面積=売り物」が減る)と、それによる「CM売上機会の損失(もっと売りたくても売り物が無い)」
  • (2)海外で、テレビ局が「リアルタイム個人視聴率+録画再生CM視聴率(=P+C7)」導入により、(1)の課題への対応策として多大なメリットを享受しているという実例があると見て間違い無く、「現代の視聴率状況をより反映し、広告主のマーケティングにとってより適切な指標である(つまり、広告主にとってもメリットがある)」とは考え難い変更である事は明白です。

一方、本件の合意プロセスにおいて、JAAとの最終合意案は、テレビ局側の第一次提案からはかなり改善されたと言えるでしょう。第一次提案では「移行ロジック」において「明らかに広告主にとってデメリットになる」ロジックが採用されていましたが、最終案では少なくとも「移行されたタイミング」では概念上フェアになるロジックへの修正されており、明確なデメリットは論理上回避されました。勿論、より深い議論を重ねたり、移行迄のアジャストメント期間を長く設けられなかった事は残念ですが、最悪の状況を回避したという点でJAAは大きな役割を果たしたと言えるでしょう。

2.広告主にとってメリットはあるか?

はっきり申し上げて、メリットは殆どありません。

世帯から個人への取引基準変更はメリットと考えられる部分もあります。同じ世帯視聴率1%でも、TVの前に何人いるか(=個人視聴率)は異なりますから、より「CM到達人数ベース」に近いデータになる事はメリットと考えられます。但し、既に「ターゲット含有率、ターゲットGRP」を評価指標に入れている広告主にとってはほぼ不必要であり、またそもそも「データとしては、TVのオンオフで成り立つ世帯視聴率の方が、個人視聴率より“堅い”」という見方もできる為、実質はメリットは薄いと思われます。

録画CM再生視聴率の取引基準への導入、は、2017年7月号で述べている通り、「スポットCM購入の目的からの乖離」と「計算方法の問題」があり、またそもそも“元々取引基準に無かった指標”である事を考えると広告主へのメリットとは考えられません。

3.広告主にとってのリスクは?

マーケティング/メディアプランにおけるリスクと、メディアバイイングにおけるリスク、があります。

マーケティング/メディアプランにおけるリスク
メーカーの流通卸系企業への販促材料言語としての問題、関東地区とその他31地区の取引基準が異なるというエリアマーケティングの問題、過去とのメディアプランニングにおける比較が困難になるという過去比較の問題、が大きいかと考えます。

メディアバイイングにおけるリスク

  • (1)過去自社内datapoolや指標が使えなくなり「コストコントロール、放映量/質の把握」が困難になるだけで無く、テレビ局や広告代理店との交渉力が低下する
  • (2)長期的な実質コストアップが「監視困難になり、緩やかに行われる」、という2点が大きいでしょう。

ここで特に注意したいのは(2)です。
JAAが勝ち取った「修正後の、移行ロジック」では、少なくとも現時点この瞬間では論理上「今迄と同金額で、同量のリアルタイム世帯視聴率(≒GRP)」が購入できる、つまり実質値上げにはならない、という事です。しかしながら、これは“現時点この瞬間”に過ぎず、長期的には「今迄と同金額で、より少ないリアルタイム世帯視聴率(≒GRP)」を購入する事になる、という可能性が高いのです。なぜなら、この「移行ロジックに適応される、移行係数」は以降の瞬間だけに適応され今後updateされず、しかしテレビスポットCM購入は「P+C7、合計視聴率%」だからです。

数値は例ですが、現状「P+C7=5%(リアルタイム4%+録画再生CM1%)」でも、数年後には「P+C7=5%(リアルタイム3%+録画再生CM2%)」になると、リアルタイム視聴率は実質値上げになります。
海外ではアメリカで特にC3/C7(録画再生CM視聴率、3日以内/7日以内)の研究が進んでいますが、リアルタイム視聴率が落ち、録画再生CM視聴率はそれ程落ちない、という状況が報告されています。

残念ながら、多くの広告主がこの状況に気付いておらず、しかしこれがまさに“テレビ局が拙速強引に・移行ロジックを変更してまで”2018年4月という直近導入に拘った理由かと考えています。テレビ局が長期的メリットを享受する為には、できるだけ早めに「録画再生CM視聴率」を取引基準に組み込む必要があったのです。

4.広告主は何にどう注意すればいいのか?対応のポイントは?

新指標への「適切な移行を行う」為の対応のポイントは3つです。

  1. (1)広告主が主導する

    広告主が主導しなければダメです。
    少なくとも広告代理店に任せてはいけません、特に日本では広告代理店は「メディアの代理店」的立ち位置が強く、それはチームや担当者の問題では無く「会社として、業態として、ビジネスモデルとして」広告主サイドでは無くメディア側に立たざるを得ないからです。

  2. (2)正しい/適切なロジックで、「外部チェック&監査が可能な/明確な」データにより、移行する

    「正しい/適切なロジック」である事は必須ですが、何が正しい/適切かは広告主によって異なるでしょう。だからこそ「一般的には…、他社は…」という情報は重要ですが、それはあくまで「1つの情報源」であって、自社マーケティングにとって何が大切でどうすればいいか?をしっかり考えてロジック構築を行う事が大切です。

    「外部チェック&監査が可能な/明確な」データ、というのは、意外に多く広告主が見落とす点です。データを扱う者なら理解し易い話ですが、同じデータ・同じロジックを用いても、結果が異なるという事は多々発生します。これは「同じデータ・同じロジック」なのですがその解釈がいかようにも可能である為詳細調整で結果が異なる、という場合が、マーケティングデータにおいては特に往々として発生するからです。だからこそ、「外部チェック&監査が可能な/明確な」データでなければ、結局データ作成者の意図に従った結果が導かれてしまうリスクが相当あるという事です。担当広告代理店へ本件を依頼する場合は「適切な移行を行う」事を要望するのは当然ですが、そのロジックについては徹底開示とチェックが必要です。しつこいですが“広告代理店にお任せ”というスタンスを取る場合はこのリスクを覚悟すべきでしょう。

  3. (3)CM放映後実績については、今迄同様「リアルタイム視聴率(≒GRP)」で管理する

    そもそも、「新取引条件への移行後も、広告主は損をしない」という合意の元に移行が行われますので、CM放映後実績は今迄同様「リアルタイム視聴率(≒GRP)」で管理すべきです。

5.長期的な影響は?

テレビ局、テレビCM、広告主にとってのコミュニケーションや広告宣伝全体、という切り口で長期的影響を考察します。

  • テレビ局は、売り場面積拡大の為、「地道な視聴率アップ・(需要が逼迫しているという理由での)現状取引基準のままでの広告主へのコストアップ依頼」では無く、取引基準の二重変更(特に「録画再生CM視聴率」の取引基準への組み込み)という手段を用いてしまいました。また広告代理店は、多くの広告主が反対ないし疑問を持ったにも関わらず、この動きを止められませんでした。元々疑念の大きいメディア/テレビCM/広告代理店との取引が一層疑わしくブラックボックス化してしまい、広告主のテレビ業界と広告代理店への風当たりが一層強くなると思われます。
    短期的にはテレビ局や広告代理店の収益を助けるでしょうが、長期的にはマイナス影響が大きいでしょう。しかしこれは、企業の経営評価基準が短期化する中で、特に株式会社であるテレビ局もまた長期的影響は範疇外なのかもしれません。
  • テレビCMは、取引指標がより疑わしくなり、広告主は一層その「効果効率の検証」を「客観的・専門的に」実施する事が必要となりまた求められるようになるでしょう。担当広告代理店任せという状況は、少なくとも今後は「メディア取引ビジネス」の構造から考えると、不適切です。
  • 広告主にとってのコミュニケーションや広告宣伝全体、という観点からも、広告主は一層その「効果効率の検証」を「客観的・専門的に」実施する、という必要性が一層高まるでしょう。“より疑わしくなるテレビCM”と“他メディア、特に昨今様々な問題が露見しているdigitalメディア”をどう管理し組み合わせるのか?は今後一層の課題です。
    しかしこのような状況は、見方を変えれば、広告主にとっては「競合(他広告主)より優位になるチャンス」ではないでしょうか。 “より疑わしくなるテレビCM”のriskを正確に理解し徹底して最小化すれば、それをしていない/できない競合との差をグッと広げる事ができ、結果的に相対的な市場内優位性を確保する事ができるのです。

広告媒体コスト/テレビCM購入コストは年間数億~数百億円に上りますが、その検証には費用をかけず、担当広告代理店に「Grossの中で」やらせる、というのは、もう現実的にナンセンスです。自社の広告/CMは、自社主導で「検証し、検証費用かけ、結果を分析し、次回に活かし、PDCAを回す」「積極的に外部の客観的情報収集を行い、理解を深めて、自社状況を中立的に見る事ができる」企業こそが、このような変化を乗り切り相対的市場優位性を確保していくでしょう。今回の「P+C7」問題についても、今迄しっかり「分析、検証、情報把握と理解」に努めてきた広告主は、適切な対応を実施してrisk最小化に向けて素早く動いています。

また今回、JAAが「明確なデメリット」回避を実現した事からも、JAAの重要性が改めて示されました。それと同時にまた“本提案の導入自体や、導入時期”については交渉し切れなかった事から、今後更にJAAの交渉力を高める為、広告主のより積極的なJAAへの関わりが望まれます。

最後に、録画視聴率、についてコメントしておきます。

録画再生CM視聴率は、「スポットCM取引指標」としては、前回2017年7月号及び今回でも述べている通り、適切であるとの判断は難しい、と言わざるを得ません。
しかし、「録画番組視聴率」自体については、現状多くのテレビ番組がリアルタイムのみならず録画でも見られている事から、注目すべき指標であり、また番組コンテンツ評価として今後用いられるべき指標である、という点は妥当でしょう。

録画視聴率については、録画番組視聴率として「番組コンテンツ自体」の評価として、番組制作や一社提供・パブリシティ(番組自体のスポンサーシップ・product-placement・内容とのコラボレーション・タイアップ・提供クレジット露出、等)、番組コンテンツ販売(dvd化、等)、番組コンテンツ自体のマーケティングへの影響度測定、等への活用はむしろよりなされるべきでしょう。

弊社エスピーアイでは、今後も広告マーケティグ界の動向を注視し、適切な提言を行っていけるよう、努めていきたいと考えております。

文責:大山紀子(広報担当/アシスタントアナリスト)、大場彩加(広報担当/アシスタント)、小久江士郎(シニアコンサルタント)

より詳細な情報をお求めの方は、spiindex@spi-consultants.netまでご連絡下さい。

<本レポートの引用・転載・使用に関する注意事項>

  • 掲載レポートは当社の著作物であり、著作権法により保護されております。 本リリースの引用・転載時には、必ず当社クレジットを明記いただけますようお願い申し上げます。
    (例:デロイト トーマツ エスピーアイ株式会社の分析によると…)
  • 記載情報については、弊社による現時点での分析結果・意見であり、こちらを参考にしてのいかなる活動に関しても法的責任を負う事はできません。
一覧ページへ戻る